「おやつは300円まで」
これほどまでに絶妙な縛りはないと思う。うまい棒だけなら29本。ビッグカツだけなら9枚。しかし、うまい棒とビックカツとチュッパチャプスとコーラガムとヨーグルッペをいかに組み合わせるか、そしてアポロチョコ100円という恐ろしいまでの破壊力。「何を何個買おうか?」これほどまでにエキサイティングな悩みをおれは30年以上生きてきたが、感じたことがない。
300円を超えてしまえば、つとむから「それ絶対300円超えてるわー!」という怒号が飛んでくる。算数が苦手なはずのつとむだが、この駄菓子の計算ばかりは荒木先生よりも早い。きっと渡辺商店に置いてあるすべての駄菓子とその組み合わせのパターンとその価格がつとむの頭の中には入っていたのだ。
だからおれは300円を絶対に越えないように気をつけていた。それも税込で。荒木先生の発表では、消費税は別に考えて良いということだったのだけれど、つとむはそれを認めなかった。なぜか?それはつとむのお母さんがつとむに300円しか渡さなかったからだ。もしつとむのお母さんがつとむに309円渡していれば、つとむも荒木先生の発表に従っていたはずなのだけれど。
先日帰省した際につとむと会った。つとむもおれも小学生から会社員へと成長を遂げた。つとむが缶コーヒーをおごってくれた時、おれはお互い大人になってしまったのだと、少しだけ寂しくなった。
つとむと話していて、平日の昼ごはんの話になった。つとむは毎月1万円と決めてそれを昼ご飯代にしているらしい。それを聞いておれは嬉しくなった。そして、おれも毎月1万円と決めて昼ご飯を食べようと思った。
おれたちはいつの間にか大人になってしまったけれど、少しのきっかけで、あの頃の純粋な少年に、いつでも戻れるのだ。